研修医を終えてすぐ開業するのはアリか?

 今日は最近の医療に関連するニュースに絡めて話を進めていきたいと思います。

今日みかけたのが、「大手法律事務所の代表者の弁護士さんが医師になり、研修医を経てすぐに美容クリニックを開業した」というニュースです。弁護士として大きな成果を出した方が何故畑違いの分野を志したのか?読んでみると、弁護士事務所を拡大成長させたやり方で美容クリニックを今後全国展開していくような考えだそうです。しかしながら、医療機関の代表者は医師の資格がなくてはいけない決まりになっているために医学部に入り直し医師になったそうです。そして、現在は医師国家試験に合格したら、その後2年間はある程度の規模の病院で研修医として修練を積まねばなりません。この間は主に内科や外科、救急などを中心としていろいろな科で検査を積むことになります。この2年の成果を認められないと「保険医」という保険診療をするうえで必要な資格を得られません。

そしてその2年を終えてすぐ美容クリニックを開業した。理由は「寿命を伸ばすという医療に幸せを感じられなかった」という理由です。これに関しては賛否両論は確実に出ますが、個人的には医師免許を所持するものであれば、その選択肢のなかで自分の持論をもとに主となる科を何にするかはまったく自由と考えます。美容は確かに寿命を伸ばすことにはほとんど関係しないでしょうが、その治療を施すことで幸せを得られる方がいるのであれば意味は十分あることですし、そういったクリニックが年々増えているのも需要があるからでしょう。「延命治療」の問題は常に医療の現場では問題になりますが、安楽死の是非も含めて明確な結論を出すことは未だ困難であるといわざるをえません。自分は小児科ですので、生死に関わる場面に少なからず直面してきましたし、そのなかで延命の問題で多くの時間を割く必要が出たことも当然あります。そのご家族との間で出した結論が答えになるのですが、もちろんそれはさまざまな結論になりますし、その中身によっては疑問符がつくものもなかったわけではありません。

そういった医療の場から距離を置く、という決断に関しては問題ないのですが、3年目の医師が美容科を標榜して果たして専門性を生かした医療を提供できるのかという疑問はあります。研修医の2年間のプログラムには美容科はもちろん入っていません。それに関連する皮膚科や形成外科のプログラムも入ってきますが、せいぜい両方合わせても数ヶ月の経験しか積むことはできないでしょう。通常は美容クリニックを開業するにしても、その2つの科の両方か片方で専門医を習得するレベル=医師6〜7年目くらいの技量を持ち合わせずして自らが診療の先頭に立つことは考えられません。

その先生は専門医については「コスパが悪い」という理由でスキップしたとも書いてあります。これはある程度正しいです。自分も小児科専門医の資格を持っていますが、だからといって何か大きく役立ったかというと何も役立っていないに等しいと思いますし、他の科の先生もほとんどがそう感じているのではないでしょうか。数年ごとの更新のたびに更新費用がかかりますが、それだけを考えればコスパは悪いです。では専門医とはなにか、ということにもなりますが、それぞれの科で6〜7年目までしっかり専門医認定施設で研鑽をすれば、その科が請け負う多くの病気に関わる経験値は十分積めます。その経験を積んだ証明には一応なるのでしょうかね。これは病気を治せる技量とはまた違います。治せなくとも、「これはこういう病気だから詳しい先生にお願いしよう」という判断力があるだけで十分ですし、そこの判断ができないようであれば少なくとも一人での診療を任せるのは怖いと言わざるを得ません。

文面を読むに察するのは、その成功した弁護士事務所のやり方と同じで、各方面から美容医を雇用して医院を増やしていくビジネスリーダーとしてやっていかれるのでしょうか。それであれば本人が診療を直接しなくとも成立します。あくまで医療機関を運営するための資格として医師免許を取得したともいえます。もちろんこういった方が医師免許を取得することで、確実に一人は医学部の受験に受からず道を閉ざされたことになるわけですが、受験は競争であることは間違いないので、それを責めるような人がいるならばそれはお門違いです。

果たして、このような考えでできあがってくる診療所、そして医療グループがどのように発展していくのか。これはひとえに患者さんがそこを選ぶかどうかだけです。美容クリニックは全国展開しているグループが少なくありません。そして、多くの場合は名の知られた先生が表に立って、いわば自ら広告塔となっています。有名なのは高須クリニックの先生ですが、自らに美容手術を施してその成果も売りにしています。そういった実績が患者さんの信頼となり受診する人が増えるわけですが、その手の経験がない人が広告塔になれるのか?自分とは全く無縁の世界ですが関心があります。真似は絶対できません、診療と経営の才覚は全く別物です。美容に限らず分院をどんどん作り、他の医師も雇用して拡大していく人はすごいなあとただただ思うだけです。自分は神田小児科の診療だけで手一杯です。

表題の研修医後の開業がアリかといえば、自らだけでやるのであれば無謀です。どの科でも間違いありません。専門医を取る取らないは別として、最低でもそれくらいの年数の経験はいると思います。小児科はアレルギーなど専門性に絞った医院であれば別ですが、基本的には幅広い分野であり、新生児から成人近くの人まで全く体の特徴が違う人を診ていくので10年はやっておかないと難しいのではないかと思います。逆に新規の開業は相当に費用がかかると聞きますので、あまり年数が進んでいるのも考えものになってきます。もちろん開業する場所でも費用は全く変わってきますし、自己資金の額も大きく左右するので一概には言えないのですが、45歳を過ぎてからの計画となると借金の返済期間を考えるとなかなか大変と周囲からは聞いています。自分が伊勢に戻ってきたのが40歳前半、丁度良いくらいとも言えますし、少し遅いかな、といえる年齢です。そしてもうアラフィフにさしかかりました。まだ先なのですが、先はあと何年か、というカウントダウンも始めています。知らぬ間に年は過ぎていくものだと実感しています。少しでも長く若々しくいられるように努力していきたいと思います。

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