危惧する今後の小児科医療の存亡

 保険はたくさん種類があります。基本的な考え方は「何か問題があり多額の費用が発生する場合に、その保険から費用が賄われる」ということになります。

基本的には保険料というものは、その保険にとってリスクの高い方は高くなります。例えば生命保険でいえば、年齢が高い人や、持病のある方の方が死亡率が上がるため保険料が高く設定されています。また女性より男性の方が高いことがほとんどです。持病の種類によっては保険の加入すら認められないこともあります。その他には自動車保険も年齢の設定があり、これは若い人が高くなります。また車種によってもしっかりとした事故の統計データからハイリスクな車種には高い保険料がかかってきます。保険会社も慈善事業で行っているものではないので、当然その考えはシビアになります。

さて、私たちのような医療機関が扱う「健康保険」に対する保険料は上記の考えとは全く異なる考えで徴収されています。健康保険料は原則的に収入に応じて決定されます。収入が少ない人は安い、多い人は高いと単純といえば単純です。そこにはその患者さんの持っている病気のリスクなどは加味されません。また、一部の方は2割負担になりますが、原則的に持病をお持ちになる可能性が高い後期高齢者の自己負担率は1割と低くなっています。一方で小児の自己負担率は2〜3割になりますが、多くの場合自治体のよる償還払いがあるため実質負担率はゼロとなっています。しかし、この場合でも健康保険では2〜3割の負担を小児、つまりご家族に求めているわけです。その負担が今はご家族ではなく、自治体が肩代わりしてくれているわけです。とはいってもその原資はご家族が負担した税金によるものです。

「国民皆保険」という考え方によって日本に住む方は外国人も含めすべての方が国民保険か社会保険に加入することになっています。この制度によって病気の方がお金がなくて病院にかかることができない、ということを極力防ぐための制度となっています。全額医療費無料の国もありますが、多くの場合は保険料や税金に大きな負担がきているため決して夢のような制度とはいえません。今の日本の制度は問題点もたくさんありますがよくできている制度であることは間違いありません。

とはいえ、保険料の負担が一番多いのは病気になりにくい年齢層の方になります。逆に病気になりやすい高齢者の負担は一気に下がります。これを将来自分が高齢者になったときにも同じように支えてもらうためのものと素直に捉えられない方も保険料があがるにつれて増えてくることは予測できます。いい制度ですが、想定していた以上に平均寿命が伸び、少子化が進んだことでこの仕組みを維持することが非常に難しくなってきているのが現状です。

そのなかで岸田総理が「異次元の少子化対策」というものを上げてきました。まだ概要がなにもつかめません。児童手当など医療に関連しない話は伝わってきますが、医療に関する話というと「出産の保険適応」というやつです。これ、今の保険制度のなかでやってしまうと逆に負担増になるのではないかと考えています。今の出産においても出産一時金で多くを賄っています。保険適応になればこの一時金は出元は同じ健康保険が中心になりますから、これはなくなると考えるのが普通です。そして保険適応となると原則3割負担です。出産に対してどれだけの診療報酬を充てるのかによりますが、あまり安くしてしまうと確実に分娩を取り扱う施設は激減しますます少子化を進めてしまいます。かといって、それなりの額にするとご家族側の負担が大きくなり、これはこれで少子化を進めるもとになります。あくまで今の保険制度のなかで考えると、どうしても出産の保険適応はマイナスの面しか見えてこないので、本気でやるのか、あるいは別のアイデアがあるのか、見守っています。

少子化政策に本腰を入れてくれるのはありがたいことです。今までは形だけの大臣の存在などで力を入れている様子が正直見えてきていませんでした。そうこうしているうちに、「夜間や休日に働くことができる」小児科医はどんどん高齢化してきており、夜間・休日の小児医療は存亡の危機になってきています。特に伊勢も含めた地方都市にその影響が真っ先にやってきます。三重県および三重大学さんはその問題にかなり前から対応しています。伊勢地区で小児の入院可能な施設を伊勢赤十字病院さんのみにしているのがその一つです。他の総合病院から入院機能をなくすことが対策になっているようには見えないかもしれませんが、ひとつの大きな病院に多くの医師を集めて24時間体制を維持することで高度な小児医療も含めて多くを地域内で完結できるようにしています。院長は伊勢に戻ってくるまで愛知県で勤務をしていましたが、24時間体制を人員的にとうてい維持できないのに小児科の入院施設の閉鎖を進められない総合病院が非常に多いことを経験してきました。小児科医師3人くらいの病院がいくつかあるより、伊勢赤十字病院さんのように小児科医師7〜8人の病院が1つある方が医師側も、患者さん側にも大きなメリットが出ます。もちろん伊勢より遠い方にはデメリットが強く感じられるかもしれませんが、どのみちそのような地域で小規模小児科を維持するのは遅かれ早かれ難しくなるのは明白です。

院長は今でこそ当直業務をしなくていい立場になりました。当直業務をやっていたときは月5〜6回の当直がほとんどでした。大学院に在籍しているときは人手不足の病院へ当直へ出向くこともありました。医師10年目くらいのときに計算して、「この10年のうち、2年くらいは病院に泊まっていたんだな」という話を家族としたのを覚えています。病院にもよりけりですが、内科の先生の当直は多くても月3回くらいかと思います。40歳以上になると1回程度になることが多いようです。自分が勤務したある病院では当直は50歳から免除、ただし小児科と産婦人科は人不足で例外、という方針を上司から笑いながら説明されました。来年2024年から「働き方改革」のもと、こういった夜間休日の勤務にもだいぶメスが入ると聞きます。かといってどうやって24時間稼働の小児科を維持していくのか。それはさらなる小児科入院施設の集約化しか考えられません。伊勢地域はすでにそれを行っているのでその点は大きな影響はないとみています。

院長が伊勢に戻ってきてからは伊勢市の休日診療所での出務がありますが、これも小児科単独で回すのが日程表を見ていると無理がかなり感じられます。先に述べたように、今の伊勢市の休日診療を担っている先生方のご年齢を考えると、休日出務ができる先生が減ることは容易に想像がつくものの、新たに若い小児科医が増える可能性は皆無と思われます。そうなると小児科医だけの診察もいつまで成り立つのかな、とは不安を感じていますし、すでに自分は今は別々にやっている内科の診療もお互い担う必要が出てくる時期が近いうちにやってくると想定して内科の救急疾患のことは少しずつ勉強しています。

こういった医療が崩壊していく話は間違いなく患者さんにとってはいい話ではありません。少子化高齢化や人口減少という減少はこういった形で影響してきます。何かのドラマのような赤ひげ先生なるものが時間を問わず地域の医療に関わる、というのは夢物語です。少し前に美容の話をしましたが、あれからもう少し勉強したところ、今は大手の美容クリニックが臨床研修明けの3年目医師をどんどん採用する流れのようです。つまり、その時話題にした弁護士事務所の先生の考えは今の医療界のニーズに合っているということです。しかしながら、これは伊勢のような地方都市の医療のニーズには全く合っていません。医学部に入学する学生さんの出身分布を見ると都市圏の学生さんの比率が断然高いというデータが出ています。言い換えれば、三重大学に入学された都市圏の学生さんが(愛知県からも関西地方からも電車一本なので受験しやすい大学のはずです)、そのまま三重県に残らず地元の都市圏に戻ることの方が断然多いのです。院長は都市圏の医学部に入ったので、正直なところその集団のなかでは田舎者でした。そのときの受験制度の影響で半分くらいが愛知県、それ以外が半分の入学者でした。それ以外の内訳は院長のような地方からの人間よりも関東関西の都市圏の受験生が大半でした。そして愛知県も自分からしてみれば大都市なのですが、関東関西からの学生は多くは地元に戻っていきました。こうやって医療格差が広がるのだな、と20年以上前でも実感したので今はもっと広がっているのでしょう。もちろん、日本の制度であればどの地域の大学も受験できますし、その後の就職に制約などは原則としてありません(防衛医科大学、自治医科大学など一部制約がある医学部もあります)。となると都市部に医師が集中しやすくなるのは必然的ですし、他の職種でもそれは同じでしょう。今は名古屋に限らず、大阪神戸京都札幌仙台広島福岡といった都市は安泰かもしれませんが、もう少し経てば東京横浜千葉埼玉により集約する時代が来るのかもしれません。

時代や、人口動態の影響には抗えない部分が大きいですが、自分はそれをわかっていて地元に戻った身です。少しでも抗いながら、老いが来るまではできるだけのことはやっていければといろいろ考えています。老いを心配すること自体が老いなのかもしれませんが、そこはあまり気にせず鈍感力も大事にしてやっていきたいと思います。

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