成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断・診療について思うこと(2)

 この項はリニューアルホームページにブログ機能がなく、一時的に停止していた際の4月から少しずつ書き溜めたものを公開にあたって少し必要部分を改変しながら何度かに分けて作成しています。言いたいことをいろいろ書いていると結構なボリュームになりましたので、まだ何度かに分かれます。この話に関心のある方はしばらくお付き合いください。個人的には遠方の方のご質問などにも対応してこそこれを書く意味があるとは思っていますが、もしそれなりの数の問い合わせが来ると恐らく一つ一つにしっかり対応することが困難になることが予想されますし、相談への対応も本来なら診療行為になりますので実際に受診されてご相談にみえる患者さんとの間で医療費の不公平が生じますので原則行いません。その点はご了承ください。

今回は成長ホルモン分泌不全性低身長症(以下GHDと略記)の診断に不可欠な成長ホルモン分泌刺激試験(以下負荷試験と略記)について書きます。ただし脳腫瘍などの脳器質的疾患によるGHDは少し基準が違うので今回の話では触れません。また乳幼児の低血糖が起きた場合も変わってきますがこれも触れません。

この話の前提として、GHDの診断には実際のところ2種類の基準があります。ひとつは多くの方がこちらでの基準を満たして治療を受けていると考えられる小児慢性特定疾患医療費助成制度(以下小慢と略記)におけるものと、一般的な健康保険における基準です。この違いにも問題点があるのですがそれはまた別の機会で書きます。

この2つでは微妙に診断基準が異なっていますが、これが実は結構大事なことになります。

まず最前提としていろいろな負荷試験での成長ホルモンの最高値が「6以下」という説明を負荷試験を受けたことがある方ならご存知かもしれません。実際には6ng/mL以下という単位になります。この6という数値はほとんどの負荷試験で当てはまる数値になりますが、GHRP-2負荷試験というものだけは16が基準値となります。これは小慢と健康保険では変わりません。

説明がわかりにくくなるので、ここでは基準値を6だけで書きます。小慢では「2つ以上のすべての負荷試験で成長ホルモン最高値が6以下」、健康保険では「2つ以上の負荷試験で成長ホルモン最高値が6以下」が負荷試験における診断基準となります。違いがあるのがわかりにくいと思いますが、小慢は「すべての負荷試験」という記載になっています。つまり、小慢の適応を通すためには2回の負荷試験だけを行い、2回とも6以下である必要があります。一度でも6以上が出てしまえば基準外ですので、小慢の世界では3回目の負荷試験はありえません。とはいっても、これは10年ほど前にこのような基準になり判定が厳格となりました。以前は今の健康保険の基準がそうですが、何度か負荷試験を行った上で2回6以下が出ればOKというものでした。要は健康保険の基準の方が緩いのです。また小慢の申請を行う場合は医師の意見書を提出しますが、これも厳しくなった部分があり今は検査結果の書類を添付することが求められています。この背景には憶測で語るのは良くないとは分かっていますが、小慢申請にあたって何らかの問題を抱えたケースが見受けられたからの厳格な変更だと考えています。

GHDの意味を考えると成長ホルモンが作りにくい体の方に診断が下されます。検査薬の種類によって出やすい(6以上の数値が出ることを意味します)のであれば、厳密には成長ホルモンが作りにくいということにはなりません。本当に成長ホルモンが作りにくい方ならばどの負荷試験でも6を超えないはずですが、負荷試験の負担を考えて2つの試験というところで落ち着いています。ちなみに当院では脳器質的疾患由来の患者さんを他院から引き継いだ際に負荷試験を行ったことがありますが、成長ホルモン値は見事にゼロと出ています。手術で作る部分がなくなってしまっているので当たり前の結果です。書類のために負荷試験を再度行わないといけなかったのがかわいそうでした。

3回以上負荷試験をやったうちの2回で6以下が出た方は健康保険を使った治療を目指すことになりますが、先の理由のように厳密に成長ホルモンが作れない体とはいえません。少なくともある程度は作ることができると考えられます。現在のGHDにおける成長ホルモンの投与量は、成長ホルモンの分泌量に関係なく治療が認められている他の病気に比べるとかなり少ない投与量になっています。他の病気の方は成長ホルモンは作ることができるけれども、その病気の影響で背が伸びにくいということで多めの成長ホルモンの投与で身長の伸びの改善を目指すのに対して、GHDの方は成長ホルモンを作る力が弱いからその分だけを補えば伸びるという考えで投与量が少なく設定されているのです。

しかしながら6以上の負荷試験の結果がある方はその補うという考え方の少ない投与量では十分な身長の伸びの改善がみられないことがよくあります。それはやはりこのような結果の方はある程度は成長ホルモンを作る力はあるけれども、何らかの理由で伸びないからといえます。3回以上の検査で診断に至った患者さんは厳密にはGHDというよりは、低身長のなかで一番多い特発性低身長症であると考えます。

もちろん小慢で適応になるGHDの方でも治療への反応が悪い方も見えます。これは6という基準が人為的に設定されていることも関係ありそうです。もちろん多くの負荷試験の結果から導かれた基準値なので信頼性はかなり高いでしょうし、診断基準がある以上それに沿って診療を行うしかありません。重症のGHDは基準が3になりますが、院長に指導をくださった先生のなかには3以上出る患者さんはGHDではない、と力説されている先生がいます。実際その説はだいたい合っていると思います。3〜6のなかで収まる場合は、本当は特発性低身長症だけれどもたまたまGHDの基準を満たして治療に至ったという方が多いのではないかと思います。もちろんこの場合は定められた基準を満たしているのでGHDとして治療は行いますが、十分な伸びは得られにくいかもとは説明しています。逆に先ほど述べた成長ホルモン値ゼロの患者さんは既に治療終了していますが伸びもよく170cmにも到達する見込みです。

負荷試験はGHDの診断、治療に至るまでの過程での肝ともいえる要素ですが、これを満たしたからといってその後の身長予後が良いとは約束されたものではないことを理解のうえで治療には臨んでいただきたいと思います。負荷試験自体は当院のような診療所で行っていますので入院せずとも行うことができるものですが、医療機関によっては人手の問題や、2つの試験を一気に終わらせる意味合いなどで入院で行うケースもあります。どちらが良いというものではないので、受診されている医療機関のやり方に原則合わせてもらうことになります。なお検査自体の医療費は健康保険をまずは使って行います。健康保険では1ヶ月に2回までの負荷試験が認められていませんので3回目以降の負荷試験を行う場合は別の月に行うことになります。

負荷試験の種類は多くあります。当院では比較的副反応が強くない検査薬のみに絞っています。具体的にはアルギニン、L-Dopa、クロニジンの3つの負荷試験で収まるように行っています。これも医療機関によって異なりますが、基本的に診断基準にあるものであれば安全性に注意すれば問題ありません。患者さんによっては他のホルモンも含めた負荷試験を同時に行うことがあります。有名なのは三者負荷試験というインスリン、GnRH、TRHという3つの検査を行うことで成長ホルモン以外にも甲状腺、副腎、性腺機能を一気に調べるものがあります。当院ではインスリンが低血糖を伴い外来診療で行うことが危険であることと、他の機能は他の方法でもある程度は鑑別がつくことからよほど成長ホルモン以外の病気が疑われる場合を除いて行っていません。

基準値の設定の話にもあるように負荷試験は成長ホルモンを作る力を調べる検査としては現状一番優れているものですが、完璧な精度ではないのも事実です。そのなかで検査、診断を行っていくしかありません。成長ホルモンは一日のなかでも体内の濃度が非常に激しいため、その作る力を測定することが困難なのです。負荷試験は少しでもそれを正確に測定するために作られたものです。院長が医師になる前は、入院して成長ホルモンが一番良く作られる時間帯である真夜中に寝ているところを起こして採血して測定することで判定する睡眠負荷試験というものも行われていました。もちろん入院でしかできませんし、患者さんにとっても、ご家族にとっても、医療者にとっても負担が大きい試験でしたので今は恐らく行われてる施設はないと思います。今後より正確に成長ホルモンの測定精度が上がる検査が開発されれば、費用面がクリアできれば移行されていくものと予想されます。

毎回長くなってしまいますがお付き合いいただきありがとうございます。次回は成長ホルモンの検査、治療と年齢の関係についてお話ししたいと考えています。

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