成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断・診療について思うこと(3)

 成長ホルモンの話とは全く別件ですが、ちょうど1ヶ月前に東京で行われた日本小児科学会学術集会に参加してきました。小児科関連の学会では最大のものなので、同時に何箇所かで講演なり発表があります。コロナ渦前ですとオンライン視聴というものはなかったので、聞きたい発表が被った場合は泣く泣くどちらかを選んでいました。コロナの時期になりオンラインでも学会参加できるようになりました。とはいえ全部がオンラインで視聴できるわけではないのですが、それでも見逃したものを自宅や診療所でまた視聴できるのはありがたいです。小児科学会は金曜〜土曜の3日間開催ですが、さすがに今の自分の仕事内容で3日間参加は困難です。この学会では内分泌関連のものはあまり見ないようにして、極力普段関わることが少ない分野のものを優先するように心掛けています。一方で、小児内分泌学会は通常秋の開催ですが、木〜土の開催が多く、神田小児科で診療するようになってからはなかなか参加が難しくなってきました。

さて3回目の話になります。低身長の相談はさまざまな年齢の方から受けます。相談を受けずとも、当院での健診なりで指摘することもあります。最近はホームページで強調しているおかげで低身長、思春期早発症、花粉症、夜尿症といった分野の相談は年々増えてきています。少しでも患者さんの手助けができればと思っていますが、そのための円滑な診療体制の構築はなかなか理想のものにはできていないので日々思案しているところです。

低身長の診療のうえで基礎となる理論があります。「ICPモデル」と呼ばれるもので結構専門的な内容になります。内分泌分野を專門としている小児科医では知らない先生はまずいないはずですが、それ以外の小児科医ではご存知でない先生が比較的多いかもしれません。Iはinfant=乳幼児期、Cはchildhood=幼児〜学童期、Pはpuberty=思春期を表します。細かいことは割愛しますが、この3つの時期で背の伸びる要素がそれぞれ異なるということです。Iの時期(3〜4歳くらいまで)の成長は栄養摂取が一番影響が大きい、Cの時期(基本成長が終わるまで)は成長ホルモンの影響が大きい、そしてPの時期は思春期の性ホルモンの要素でさらに伸びが加速するという考え方です。

この理論に基づくと、3歳くらいまでは成長ホルモン分泌不全性低身長症(以下GHDと略記)と診断することはあまりないことになります。健診が続く時期ですが、この時期の体格が伸びない理由の多くが少食による栄養不足から来るものであり、積極的にGHDの精査を進めるケースはよほどの伸びの悪化や、脱水などがないのに低血糖状態を起こすような患者さんに限られるべきです。

そして3〜4歳以降になると伸びに関して成長ホルモンが関与する割合が強くなってくるため、この時期以降に伸びが悪くなってくれば負荷試験などの精査を相談していくことになります。

さらに思春期の時期、これは男女差があり女子の方が早く思春期が発来しますが、この時期に初めて伸びの悪さがわかってくる場合は性ホルモンの影響も考慮しつつの対応となります。これに関しては詳しく書きたいのでまた改めての回で書きます。

神田小児科で院長が診療するようになって6年が経ちました。GHDのみならずいろいろな原因で成長ホルモン治療を受けている患者さんがみえますし、すでに治療を終了している方もみえます。当院で新規に治療を始めた患者さんや、あるいは精査を行いながらも診断に至らなかった患者さんも含めていえば、ほとんどが早くて3〜4歳以降の精査となっています。多くの場合はこの時期に成長率の悪化が見られ始めた時点で精査に着手することが多いです。今現在、当院で成長ホルモン治療を受けてみえる患者さんで治療開始年齢が一番高い方が10歳でした。もちろんそれより上の年齢での治療開始経験は過去には多数ありますが、10歳以降の成長ホルモン治療は医療制度および医療費のことを考慮すると実質的に5年程度しか治療の期間がないと考えます。当然のことながら長く治療をするほうがより効果は望めます。加えて、この期間内は先にも述べた思春期の性ホルモンの動きも見ながら適切な治療を選択する必要が出てきます。この時期の漠然と成長ホルモンのみ注射し続けるか、思春期を考えた戦略を立てた治療を受けるかで最終身長は変わってきます。よって、GHD診療で一番気を使うのは思春期の診療であり、改めて思春期の回を書く予定なのはそういう意味となります。

院長が小児科医になってすでに20年以上経過していますが、乳幼児健診、学校健診などでの早めの低身長患者さんの拾い上げが早くなっている印象があります。もちろんこれは自治体間での差があります。体格のフォローに力を注いでいる施設とそうでない施設の差異が大きいです。伊勢市でいえば、個人的な印象ですが一番拾い上げてほしい3歳健診での拾い上げは、院長がこれまで勤務してきた愛知県を中心とした自治体に比べると頻度が少ないように思います。このあたりの啓蒙もしていくことが自分の課題の1つであると考えます。その一方で思春期以降の低身長相談も決して少なくありません。この場合はほとんどがご家族なりが気になっての相談になっており、状況はばらつきがありますがすでに成長が終わっている方から、まだまだこれからという方までさまざまです。それは言うまでもなく思春期の発来の個人差が影響しています。

年齢という観点からGHDの話をしました。低身長相談に際しては母子手帳や、保育園幼稚園、就学後の成長の記録を持参していただいています。それを電子カルテの方に入力してその患者さんの成長曲線を作ることがまず第一の仕事になります。これも施設間によって差が大きいのですが、毎月の身体測定を行うところから、学期ごと、あるいは年度始めのみと分かれます。医師の目からいうと毎月の測定はあまり好ましくありません。1ヶ月という短い期間で身長が伸びた、体重が増えたという評価は難しいです。むしろ体重が増えていないなどの不要な不安を与えることにも繋がるため、体格評価はもう少し長い間隔を空けてもいいと考えます。月単位での体格評価はせいぜい1歳半くらいまででいいでしょう。幼児期以降は学期ごとの測定がいいのではないかな、と考えます。

実際、院長が成長曲線を作成する場合は持参された資料のうち1年に1ポイントだけしか入力していません。これでほぼ十分です。そこでおかしいな、と思われる部分がある場合のみ細かく入力します。体格のフォローのみで受診される患者さんも半年に1回にしています。1年に1回でもいいのですが、受診を忘れてしまうこともあるので年2回としています。GHDで治療中の方も定期の血液検査などに合わせて数ヶ月に1回のみ身体測定を行っています。毎月測定しても治療効果の判定にはあまり役立たないので間隔はある程度空けています。

次回はここまでも何度か触れてきた思春期の時期の対応について触れていきたいと思います。毎回長文にお付き合いくださりありがとうございます。

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