成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断・診療について思うこと(最終回)

成長ホルモンの話に久しぶりに戻ります。遅くなった理由として、当院で主に使っている成長ホルモン製剤が急に供給不足になってしまい、その件の収拾にこの1ヶ月以上追われていたためです。一部の患者さんには別の成長ホルモン製剤への変更を余儀なくされ、受け入れてくださったことに本当に感謝するとともに、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。本日ようやくこの件に関して、当院における影響は収拾がつく見通しがついたので安堵しています。

さて、この項も5回になりました。今回は医療費にも絡む話であり、序盤に書いた低身長の医療費に関わる2つの制度、小児慢性特定疾患医療費助成制度(以下小慢と略記)と健康保険の違いの問題について書きます。

「健康保険による成長ホルモン分泌不全性低身長症(以下GHDと略記)の診断基準は緩い」旨を前に書きました。いくつかありますが、まずは身長基準。小慢は身長が-2.5SD以下、健康保険が-2.0SDと違いがあります。次に検査基準。小慢は一度でも基準値を超える負荷試験結果があれば却下になる。偽りないデータを提出する必要がある。健康保険は原則何度でも負荷試験ができて、そのうち2回基準を満たせば大丈夫。データ提出の必要はない。そして治療終了基準が小慢は男子156.4cmまで、女子が145.4cmまで(成人の-2.5SDの身長)に対して、健康保険は男子が骨年齢17歳、女子が15歳までと異なっています。骨年齢を基準にするともっと長期間治療はできるはずです。

とはいえ、ほとんどの方が小慢を通して治療を行っているはずです。しかしながら、ここ10〜20年で事情が変わってきました。自治体による差があるものの大半の自治体で少なくとも中学生いっぱいまでの医療費助成が入るようになりました。それまでは健康保険のみ適応といっても2〜3割の医療費負担、そしてその多くが薬局に支払う成長ホルモン注射代になりますが、決して安い額にならないため(高額医療費制度を使うことも珍しくありません)利用する方は限られていました。今は多くの方が健康保険と自治体補助で結果的に費用負担が無料に限りなく近づくために健康保険のみで通して治療を行っている方も少なくないのかもしれません。当院でも極めて少ないですがそういう方はみえます。医療的に正しいのかはもちろんこれまで書いてきた文章でわかっていただけると思いますが、制度上認められているものをこちらが止める権限もありません。

小慢は国が行っている事業で、その補助費用は要は税金です。聞くところによれば、多くの難病が対象になっている小慢の費用の8割が成長ホルモンの注射代という話で、別分野の専門家からの批判の声が挙がっているそうです。事実かどうかはさておいて、そういう話が出るのもやむを得ないし、院長がこの分野に携わってから、小慢認定における過程で、「3回目以降の検査はなし」「検査データの提出」「検査会社ごとで誤差が出る数値の統一化」などいろいろ申請にあたっての制約が増えてきたのもこのこととは関係ないとは思えません。

個人的にはここまで書いてきたように今の制約が増えたなかでも、まだ検査基準を運良く?満たしてGHDの診断に至った特発性低身長または家族性低身長の方はまだ少なくないと考えます。これをさらに厳しくする時期がいずれ来るのかもしれませんが、まずは小慢と健康保険の基準は同じにするほうが先であると考えます。あまりにも健康保険の縛りがゆるすぎます。認められている以上、院長の持論だけで患者さんの治療を妨げるようなことはしません。あくまで個人の意見です。

と、5回に渡って長文を書きました。毎回毎回お付き合いくださりありがとうござました。まだまだ書きたいこと訴えたいことがありますが、ひとまず今回はこれをもって終了とします。

第1回のときに最新のトピックスについて書く予定とお知らせしましたが、これが上記の成長ホルモン製剤の供給不足とも関連しておりここまで掲載が遅れました。週1回の成長ホルモン製剤の導入見通しについて書く予定だったのですが、本日ようやく厚生労働省からGHDに対しても認可が通りました。実際のところは昨年にファイザー社が製造しているエヌジェンラ®という製剤がすでに販売されています。しかしながら当院で使用している成長ホルモン製剤はノボノルディスクファーマ社の製剤に限定しています。私どものような小さな診療所で同じ効能の製剤を複数採用するのはなかなか難しいです。ノボノルディスクファーマ社も週1回製剤のソグルーヤ®という製品をすでに販売しているのですが、これまでは重症成人GHDの患者さんのみしか認可がおりていませんでしたが、先にも述べたように本日このソグルーヤ®のGHDの適応承認がようやく通りました。当院に通院している重症成人GHDの患者さんはすでにソグルーヤ®の治療を行っていますが、幼少期はGHDで毎日成長ホルモン注射を行ってきました。現在はソグルーヤ®になったことでだいぶ負担が減ったと喜んでいます。そういう話を聞くと週7日の自己注射を1日に減らせるのは画期的かつ負担の少なさでも喜んでいただけるのではと期待しています。まだ全部の成長ホルモン対象疾患には対象になっていません。少しずつ適応は拡大していくと思います。

今回は5回にもわけて、けっこうわかりにくいことや複雑な内容で成長の話を書きました。これを読んで成長に関しての相談が来るようであればありがたいことです。しばらくは成長の話はそれほど書くことはないと思いますが、時々は書いていきますので他の内容も含め読んでいただければと思います。

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