「目覚めのカフェイン」、ちょっと気をつけましょう

 「朝起きられない」という相談は時々あります。多くは小学校中学年より上のお子さんになります。確定診断に至るのはなかなか簡単ではないのですが「起立性調節障害」という診断になることが比較的多いです。自律神経の問題で「頭に血がのぼりにくい」ことで、朝起きたときに脳に十分な血が巡らず起きられない、といった症状などが出るとされています。効果てきめんとはいいにくいのですが、血圧を上げる薬と使ったりすることがあります。生活面の指導がまず第一に行うことが普通です。

自律神経の問題というと「自律神経失調症」という病名も小児科ではあまりありませんがよく聞く病名かもしれません。自律神経というのはなんぞや?ということは意外と知られていません。大きく2つの神経に分かれ、ひとつは「交感神経」、活動量を上げる方向に働く神経です。もう一つは「副交感神経」、逆で活動量を下げます。夜寝ようかというときには副交感神経が作動してくれないといけないわけですが、自律神経の乱れがある方は逆に交感神経が働いて夜になると目が冴えて活発になるというあまり嬉しくない状況になる、というわけです。

実際のところは自律神経そのものに作用する薬はありません。先にも述べたように起立性調節障害では昇圧剤を使います。自律神経失調症においても症状に応じて睡眠薬や抗不安薬などを使うことが多いようです。根本的な治療にはならない、症状を少しでも和らげられることくらいになるので、なかなか症状が全快に至る方が少ないので患者さんはもちろんのこと、診療する医師にとってもなかなか難しいものになります。

さて、自分も朝がものすごく苦手です。特に冬などは寒さも嫌いなので布団から出るのに一苦労です。ただ、これが自律神経の問題から来ているのかといわれると調べたことがないのでわかりません。起立性調節障害では血圧の問題があるので横になっているときと、立っているときの血圧の変化を調べたりして診断の補助に使うこともありますが、精度が良いかといわれるとなんともいえません。ただ、昇圧剤を使うとなると血圧自体は見ておきたいので検査は行うことが多いです。自分に関しては昇圧剤を使うことは考えたことはないので検査も考えたことがないという理屈になります。

さて、そうなるとどうするか。朝起きられない人は世の中にはゴマンといるはずです。多くの方は「気合い」で仕事なり学校に行っていることでしょう。そして、コーヒーなどのカフェインを摂る方は非常に多いはずです。自分はそのコーヒーがあまり好きではありません。たぶん味覚がお子さまなのでしょう。某Sバックスでコーヒーを頼んだことがありません。同じく苦味があるビールが好きなのは矛盾していますが・・。そのぶん今は少々値が張りますがいわゆるエナジードリンクを飲みながら診療前の準備を行い、そして診察に入っています。そんなに効いているのかな?というのはわかりません。これも気合いのひとつで暗示を掛けているようなものです。

何本も飲めば確実に目はすごく冴えるはずです。しかしながらそれは勧められません。カフェインには中毒性があり、比較的起こりやすいからです。子供さんもコーヒーの苦味は苦手なのでコーヒーからの中毒はそう聞きませんが、エナジードリンクは甘くて飲みやすいのでゴクゴク飲めてしまいます。それが小児のカフェイン中毒に繋がるリスクが高いということで、起立性調節障害の方にも積極的に勧めるようなことはしていません。

今は処方されることが非常に少なくなりましたが、自分が医師になった20年ほど前の気管支喘息の治療でよく使われていた薬で「テオフィリン」という薬があります。気管支を広げたり炎症をとる作用があり効果はなかなか良い薬です。今でも難治性の喘息患者さんに投与されることがまれにあるようです。自分が最後に出したのは恐らく15年以上前になります。このテオフィリンはカフェインの成分と類似しています。緑茶などの茶葉に含まれている苦味の部分と言ったほうがわかりやすいかもしれません。よってカフェイン同様取り扱いがなかなか難しい薬なのです。実際、当時はなかなか複雑な計算式でその患者さんに合った投与量を計算したり、必要に応じて薬の血中濃度を測定して中毒域にないか確認するようなこともありました。

血中濃度が上がりすぎるとけいれんなどの副作用が起きることで「劇薬」扱いの薬に今はなっていますが、当時は比較的当たり前に使っていた薬でした。自分は幸いにトラブルに巻き込まれたことはありませんが、未遂はありました。もう時効なのである程度は言ってもいいことだと思いますので書きますが、指定の◯倍の量が間違えて投与されてしまった(どの過程でのミスかは省きます)けれども、幸いに何も起こらなかった。しかしながら血中濃度はとんでもない数値になっていたので当事者と責任者は当然のことながら謝罪をしていたことを覚えています。

そうこうしているうちに、安全性が高く効果もしっかりしている薬が出てきたので、テオフィリンはその役目をほぼ終えて、今は別の薬にとって変わりました。ひとつがロイコトリエン阻害薬と呼ばれるもので、当院では「キプレス」「モンテルカスト」といった名前で処方しています(その他には「シングレア」「オノン」「プランルカスト」なども同じ分類になります)。また、ステロイドの吸入薬も気管支のみに作用させられて効果が高いので、特に成人では第一選択となっています。副作用もほとんどなく、効果はテオフィリン並みに十分効くということで取って代わられるのは必然といえます。おかげで近年はそういったトラブルをあまり心配することなく喘息発作の治療にあたることができるのは助かっています。

そうなるとごく一部の喘息患者さんを除けばテオフィリン製剤はもうお役御免なのかというと、また別の分野で今も活躍しています。早産(30週前半くらいから20週台)児は呼吸機能がまだ未熟なために、無呼吸発作という呼吸を勝手に止めてしまうことがままあるのですが、これをテオフィリンがその覚醒の作用で防いでくれるのです。喘息におけるテオフィリンがお役御免になるころに、「未熟児無呼吸発作」に対して保険適応が通りました。もちろん、これも中毒に気をつけて対処する必要はありますが、新生児医療の現場ではいまだ現役です。

どんな薬でも使い方次第で有益にもなれば毒にもなりうる。テオフィリンは小児科医にとってはそのなかでもいろいろな分野でそれを実感しています。テオフィリン=カフェインとは厳密には違いますが、カフェインに類するものは医療の世界でも活用されているということですし、またその取扱いが難しいことがわかっていただけたかと思います。エナジードリンクがこれだけ普及してきているのはそれだけの需要・効果があるからですが、過剰に飲みすぎることは健康に問題があることも理解して摂取していただければと思います。

最後に起立性調節障害の要素がある方にもよく言ってますが、起きてもまた寝たい気持ちもわかるが、動いているうちに冴えてくることも少なくないので、しっかり朝食を食べて活動してみようとは言えます。もちろん、血圧の問題などがクリアされていての話になります。くれぐれも起きられないからといってエナジードリンクを飲みすぎたりしないようにしてください。

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